「美しいストーリーはない。ただただ炎に見惚れたから」 ——職業焚火士が生まれた背景に迫る
「美しいストーリーはない。ただただ炎に見惚れたから」
——職業焚火士が生まれた背景に迫る
【連載企画】タキビストBo-taの焚火ばなし
「タキビスト」という肩書きを持つ人がいる。長崎県で焚火カフェ「TAKIBIBA[R]」を営むBo-taさんだ。キャンプブームとともに注目を集めた焚火だが、Bo-taさんの活動はブームのはるか前から始まっている。焚火台を並べた体験イベント、婚活イベント、親子講座、そして常設の焚火カフェ。すべての原点にあるのは、「火がついた瞬間、大人も子どもも同じ目をする」という実感だった。
焚火がキャンプの中の一要素ではなく、ひとつの「文化」になる未来。その景色を本気で描いているBo-taさんに、焚火との出会いから現在の活動、そしてこれからの目標を聞いてみました。
燃えるものを拾って、火に入れる。それだけで楽しかった
Bo-taさんが初めて火と出会ったのは、小学生の頃。親や家族ぐるみの友人たちと出かけたキャンプだった。とはいえ、焚火がしたかったわけではない。
Bo-ta:その頃は焚火っていう概念がまだなくて。バーベキューが終わったあとに、残っている炭の上に、近くで拾ってきた松ぼっくりとか杉の葉っぱとかをバーッと入れると燃えるのが面白くて。みんなで拾ってきては焚かして...。ただの遊びでした。
キャンプファイヤーのような華やかさはない。食後の暇つぶしに近い、素朴な火遊びから始まった。
学校でも火は身近な存在だった。放課後に友達と落ち葉を集めて焼き芋をつくったり、空き地で枝を拾って燃やしたり。キャンプへ頻繁に行く家庭ではなかったが、「燃やして遊ぶのはずっと好きだった」とBo-taさんは振り返る。
Bo-taさんのHPより
山を登ったら、また火に会いたくなった
中学・高校は部活に明け暮れ、大学時代のキャンプは、旅へ出る際の宿泊費用を抑える手段に過ぎなかった。——そんな旅のスタイルに、焚火が入り込む余地はなかった。
転機は社会人になってから訪れる。職場の人に誘われて始めた山登りだった。
Bo-ta:山登りでアウトドアの楽しさを再認識しました。小学生の頃にキャンプで感じた空気感がもう一回よみがえってきた。バーナーでホットサンドをつくったり、お湯を沸かしてコーヒーを入れたり。自然の中で飲んだり食べたりすると、普段より一層美味しく感じる。それなら、山を登るだけじゃなくて、自然の中でゆっくり過ごすキャンプにまた行ってみようかなと思った。
キャンプを再開するにあたって、焚火台も購入した。最初に買ったのは、四隅に足を差し込むだけの安価なメッシュ式焚火台。一人で火を起こし、肉を串に刺して焼き、炎を眺めた。その最初の一夜が、タキビストを生んだ。
「最悪キャンプができなくてもいい。焚火さえできれば」
キャンプで焚火を楽しんだBo-taさんは、すぐにある確信を得た。「自分がキャンプに行く目的は、キャンプそのものではなく焚火である」。
Bo-ta:最初のスタートは『キャンプにまた行ってみよう』だったけど、一度焚火をやったら、次からは『焚火のためにキャンプに行く』、に切り替わっていた。
ここで、私はひとつの仮説をぶつけてみた。「何か辛いことがあって、焚火に癒やされた」という物語を期待したからだ。Bo-taさんの答えは、良い意味でその期待を裏切るものだった。
Bo-ta:タキビストとして話のネタ的には、『辛いことがあって癒やされました』のほうがいいと思うけど(笑)。全部どうにかなるやろと思っているから、あまり辛いことがなくて、、、残念ながらそういうエピソードがないんですよ(笑)。

(写真から伝わるようにフランクな方です)
ドラマチックな転機があったわけではない。純粋に、炎を眺めているだけで良かった。焚火で何をつくってもおいしかった。そこにいたのは、小学生の頃となにも変わらない、ただただ炎と触れ合うのが楽しいという童心。それだけのことが、15年以上続く情熱の原点だった。
やがてBo-taさんは、「キャンプ場に行って焚火をする」という行為からシフトしていく。
Bo-ta:火が使えそうな海岸に行って、焚火をして、コーヒーを淹れて、近くで買ってきたおやつをちょっとだけ食べて帰る。別にキャンプをするとかじゃなくて。
ただ、焚火をするという週末が増えていった。
大人も子どもも、火がついた瞬間は同じ目をする
自分一人で焚火を楽しむうちに、Bo-taさんの中にひとつの「もったいない」が芽生えた。
Bo-ta:焚火の良さを、キャンプが趣味の人やアウトドア好きの人しか知れないというのはもったいないなと思った。アウトドアに興味がないような人にも、焚火っていいですねと感じてもらいたい。それを知らずに過ごして終わっちゃうのは、もったいない。
こうして「タキビスト」としての活動が始まった。毎週末の焚火で増えていた、多数の焚火台を並べ、それぞれの焚き心地を試してもらうイベントを開催した。キャンプ場の管理人の協力を得て開催した第1回を皮切りに、コーヒー豆の焙煎体験、婚活イベント、親子向け焚火講座と活動の幅は広がっていった。
そうした活動を通じて、Bo-taさんが何度も目にしてきた光景がある。
Bo-ta:焚火をしたことがない人も多い。そういう人たちが、子どもも大人も関係なく、火がついた瞬間に目をキラキラさせる。その光景はどんな人でも変わらない。
なぜ人は火がつくと嬉しいのか。Bo-taさんはそこに、人類の記憶が刻まれていると考える。
Bo-ta:大昔の人は、火を焚いて獣や虫から身を守っていて、みんなで火を囲んで暖もとっていた。火があると暗闇を照らしてくれて、安心できる。その記憶が遺伝子に刻まれているんじゃないかと思う。だから火がついた瞬間、みんなホッとして、テンションが上がる。
乗富鉄工所による焚火イベント「TOMARIGI」の様子。確かに、みんなどこか心が緩んだまま話ができる場になっている。
IHコンロの普及で直火を見る機会が減った。電子タバコが広まり、ライターを使う場面も少なくなった。日常から「裸の炎」が消えつつある時代だが、炎と触れ合いたいという欲求は人間には残っているようだ。Bo-taさんのお店には、県外からも「焚火ができる場所を探していた」という客が足を運ぶ。
「ちょっと焚火しに行こう」が当たり前の世の中に
Bo-taさんの視線は、焚火を流行らせることではない。その先にある焚火の姿をとらえている。
Bo-ta:焚火が一過性のブームじゃなくて、普通のもの——文化になればいいなと思う。山や川に行かなくても、街中に焚火ができるカフェみたいな場所があって、『ちょっとお茶しに行こう』の感覚で、『ちょっと焚火しに行こう』が言えるような世の中にしたい。
Bo-taさんが描くのは、焚火が特別な体験ではなく日常の選択肢になる世界だ。
Bo-ta:焚火ができる場所が増えて、経験した人がハマって、今度はキャンプに行く——そういう流れもうれしい。それに、遊びながらでも火を使った経験があれば、災害時にも役に立つ。『防災ですよ』とか難しいことは言わないけど、遊びながら記憶として火の使い方がみんなの中に残っていけばいいなと思う。
焚火を文化へ。その道のりは、バーベキューの残り火に松ぼっくりを放り込んでいた少年時代から、自然に、まっすぐにつながっている。
Bo-ta
焚き火を身近なものに。と目標を掲げ、焚き火に関する情報発信、イベント企画、焚き火と料理のコラボ教室、薪火焙煎珈琲などの活動を行っている
インタビュアー/ライター:乗富鉄工所 菊地



